アカデミック ブローカー

 かつて、高名な文化人類学者が、これまた高名な神話学者を指して、「神話ブローカー」と称したために、疎遠になったことを聞いたことがある。そうはあってはならないのだが、比較何学と称されるものの多くが、それらの条件を、とくに顧慮することなく、並列するだけのものが多いのは事実である。「ブローカー」と罵られた神話学者は、単なる並列を越えた業績の持ち主であったのあるが、その文化人類学者にすれば、その大物に毒づくことによって、神話学全体に、警鐘をもたらそうとしたのかも知れない。
しかし、そのような「ブローカー」は、知識の提示者であるということでもあるが、その「知識」を欠落したまま、あるいは、虚偽の知識を、小道具に、事業を展開し、プロジェクトを起こし、社会に禍を招きかねない物騒なことが見え隠れ、ではない、露骨化している。むしろ、そのようなブローカーの活躍が、煽られ、「業績」かのようになっている。
 以前から、とうか、あるいは、そもそも「ブローカー」は存在する。しかし、異様な変化が、とくに小泉以降発生している。「規制緩和」が一つの契機であった。国立大学が特別行政法人とやらになり、大学教授から、保障とプライドを撤去すると、一段とそれは増したようである。
 先に、問題にしていた、関西大学法学研究所の、児島惟謙没後100年記念を銘打った ー児島惟謙に失礼なことであるがー 裁判員制度をめぐって、三谷太一郎や佐藤幸治を喚んで行ったイベントなどは、いわば、国策イベントで、ブローカーとしての存在感は、あまりないようにも見える。しかし、実際に、その内容を、先の蘆田の文で知ると、まさに、この憲法学教授とやらは、単なるブローカーでしかなかったようにみえる。
 ブローカーぶりが、如実なのは、ある大学の、マイノリティ研究センターなるものである。マイノリティについての「研究」「センター」という言い方自体、違和感を覚える。マイノリティとされる人々、あるいは、マイノリティであることを自覚する人々にとって、それは、現実の問題である。研究の対象か、と思う。また、多くの、というより殆どのマイノリティ問題は、現実の運動あるいは活動の結果として、我々が知ったわけである。それを、何がセンターだ、「研究」だと思う。他人事なのか、実際に何をするのか、と思う。
 驚いたのは、その「研究センター」のチーフの論文である。インドの不可触民の法的地位を問題にしていた。差別の問題は、深刻である。しかし、マイノリティの問題か?と思う。マジョリティ、ヒンドゥー社会の差別の問題だろう。案の定、「不可触民はマイノリティではない」というあたりまえのことを、いくつかの文献の紹介で書いてあった。それが結論の論文が、マイノリティ研究をうたった論集の中心になっている。
 このために、どれほどのお金が動いたかは知らない。これが、ブローカーだろう。
 勿論、大学の教養部を潰したために、各地の国公立に、怪しげな学部が、乱立した。そのとき、「国際」を冠する学部が多いので、当時の文部省が、いい加減にしろ、とばかり一喝したという話が聞こえてきた。
 その文部省、今の文部科学省、ブローカーの操り人形になっていた教授を叱りとばしていたかつての面影はない。官僚からの脱却とか、政治主導とか言うが、とっくに、政治に壊されてしまっていて、ブローカーが、「大学」という利権のごったまぜをかき回している惨状は、目を覆うばかりである。
 JR高槻駅から見える高層の「カンダイ」、阪急西宮ガーデンにへばりつく「甲南大学CUBE」など、ブローカーの暗躍こそ想定できても、とても高度の教育は期待できそうにない。
 かつて、内藤湖南などを招聘して、京都の帝国大学の東洋学は発足したが、スタッフこそ充実したけれど、学生は来なかったそうで、やっと大正期に、定員数の入学者を迎えたという。それらの新入生は、後に世界に知られる、宮崎市定とか貝塚茂樹といった学者として成長することになる
 この時期の、官僚あるいは政治家には、やはりブローカーとは呼べないだろう。