2011年の文化勲章受賞者三谷太一郎は、デマゴーグか、それとも単に惚けただけか。

一 三谷太一郎は何を言っているのか

 2011年の文化勲章受章者の一人が三谷太一郎である。2005年に文化功労者だったようである。文科系では、例えば山口昌男が80歳で文化功労者だから、75歳で文化勲章は若いように思う。そう思ってみると、もう一人若いのがいた。文化功労者五百旗頭真防衛大学校校長が67歳である。
 三谷の活躍も、最近はもっぱら、国家主義憲法学者で、亡国政策を提案している佐藤幸治のレトリックとしての活動である。
 三谷の主著は『日本政党政治の形成――原敬の政治指導の展開』(東京大学出版会、196年/増補改訂版、1995年)だそうである。三谷のことについて何かを言う場合、この書にふれないのは如何なものかとは思うが、三谷が、最近重宝されているのは、『近代日本の司法権と政党――陪審制成立の政治史』(塙書房、1980年、その改訂版が『政治制度としての陪審制――近代日本の司法権と政治』東京大学出版会、2001年)の著者だからである。三谷は、この著書では「司法権の独立」を主張するのではなく、司法権の独立いうイデオロギーを「打倒」することを主張している。三谷は、イデオロギーを打倒するのだと言うが、実際の司法権を、無責任「市民」の名で現実に解体することを述べている。そして、とくに最近、佐藤幸治の亡国政策のレトリックとして使用されていることで名を馳せている。そのような三谷の活動の一環として、蘆田の草稿にもある関西大学でのシンジウム参加(2008・10・04)があった。そこで、三谷は次のようなことを言っている。 
 

しかし、彼(トクヴィル)の観察は狭い意味の刑事裁判制度を超えて、アメリカの民主制(ママ)の現実そのものに広く深く及んだということが言えると思います。当時のアメリカは、アンドリュー・ジャクソン大統領の下に、いわゆるジャクソニアン・デモクラシーといわれる体制の下にあったわけでありまして、トクヴィルは当時のアメリカ民主制(ママ)は単にアメリカに限られた現実ではない、近い将来の世界を貫く一般的な動向を体現したものであるというふうに読み取ったわけであります。そして、そのような意味をもつアメリカ民主制(ママ)を成り立たせている重要な「政治制度」として、陪審制というものを意味づけたということが言えると思います。(『ノモス』№23 2008-12、p,85)


 何百という黒人奴隷を所有し、アメリカのネイティブの人々を死滅に向けて追い込だアンドリュー・ジャクソンの時代のことを、ジャクソニアン・デモクラシーの時代として、賛仰する人物は、今日の世界では、非常に希な存在だろう。というより異様である。しかもトクヴィルが、ジャクソンの業績を讃えているとあっては、政治学云々するものにとっては、黙って見過ごすことは出来ないと思うのだが。

二 トクヴィルアメリカン・デモクラシー』
 トクヴィルが、その著『アメリカン・デモクラシー』で、ジャクソン大統領のことを「ジャクソン将軍」と(英訳ではGeneral Jackson)繰り返すのはどうしてであろうか。トクヴィルがジャクソンについて述べているところを、少し長いが引用する。

ジャクソン将軍はかつて戦闘に勝利した人物であり、精力的な人間で,性格と習慣に よって力の行使に傾き、権力を欲し、趣味において専制君主である、というようなことが言われた。これらは多分すべて正しいであろうが、これらの真理から引き出された結論は大きな誤りである。
ジャクソン将軍は合衆国に独裁体制を確立し、軍事的精神を拡げ、地方の自由にとって危険な中央権力の拡大を図っているという予想が立てられた。アメリカにはそうした試みをなす時代、そのような人物の世紀はまだ来ていない。もしジャクソン将軍がそのような支配を望んでいたとすれば、彼は確実に政治的地位を失い、生命を危険にさらすことになったであろう。事実、彼はこれを試みるほど無思慮ではなかった。
連邦権力の拡大を望むどころか、現大統領は逆に、この権力を憲法のもっとも明確で厳密な規定に限定し、憲法解釈が少しでも連邦政府に有利になることを認めない党派の代表である。ジャクソン将軍は中央集権のチャンピオンとして現れるどころか、地方的偏見の代理人である。彼を最高権力の地位に押し上げたのは、(そう言ってよければ)分権の情念である。毎日この情念に迎合しているからこそ、彼はその地位を保持し、意気さかんなのである。ジャクソン将軍は多数者の奴隷である。彼はその意思に従い、その欲望の後を追い、半ば剥き出しのその本能に逆らわない。あるいはむしろ、多数の意図を忖度して先頭に立つのを急ぐ。(岩波文庫版第一巻下383-4頁)

と述べる。ここには、トクヴィルが問題にする「多数の暴虐」の具体例が描かれているジャクソン将軍は「多数者の奴隷」であるとする。トクヴィルは、ジャクソンを「地方的偏見の代理人」と述べる。 分権の「情念」が、彼を最高権力の地位に押し上げたとする。ジャクソンは、その情念に迎合しているとする。ジャクソンは、多数者の意思に従い欲望の後を追い、半ば剥き出しの本能に逆らわない、むしろ、多数の意図(欲望)を忖度して先頭に立つのを急ぐ、とする。
 三谷は「トクヴィルは当時のアメリカ民主制は単にアメリカに限られた現実ではない、近い将来の世界を貫く一般的な動向を体現したものであるというふうに読み取ったわけあります。」などと言う。とんでもない、トクヴィルは、続けた叙述(引用はしていない)で、三谷が言うような「近い将来の世界を貫く一般的な動向」どころか、アメリカも終わりだと、言っているようである。実際には、南北戦争で、南部の分権派は破れ、奴隷所有の欲望・本能も禁止されることになっているのである。つまり近い将来は、ジャクソンの世界ではなかったのである。
 ついでに言えば、三谷は、トクヴィルは、重要な政治制度として陪審制というものを置づけた言っている。これも「嘘」である。トクヴィル陪審も、「多数の暴虐」の一例としてあげる。アメリカでは、どのようにして、この「多数の暴虐」を規制するかを考察している。
 三谷は、意識的に虚偽を振り回しているのか、つまりデマゴーグなのか、それとも、単に惚けているだけなのか。

三 問題は、この三谷の「虚偽」あるいは「認知不能状態」を、掲げたり利用したりしていること、チェックできないこと
 元司法制度改革審議会会長佐藤幸治は、その素養は、三谷に比べれば、圧倒的に劣ると言わざるを得ない。とにかく「この国のかたち」などと言って恥じない人である。しかも梅原猛に褒めてもらったと自慢するような人である。問題は、このような稚拙な人が、制度や、法学教育制度を強引に壊しまくっていることである。
 三谷の正視できない、トクヴィル講釈が、佐藤幸治の稚拙な強弁の根拠になっているのである。
 佐藤幸治の稚拙な強弁は、現に、日本の司法制度や法学教育を悲惨な状態に陥れていのである。
 三谷の、直裁に言って惚けた新自由主義虚偽言説は、国家主義法学者佐藤の錦の御旗として機能しているのである。その功績としての文化勲章といえば、それはあまりにも出来すぎである。
 日本にも、政治学を生業にする人たち、さらには、トクヴィル研究を主たるものとする人たちいるだろう。その人がちがどうして、三谷おかしいぞ、と言えないのか。
 このことは、単に三谷の個人的惚けにとどまらないのである。それが、危うい日本を先導しているのである。ジャクソンについて、トクヴィルが書いているようにである。
 三谷の文化勲章受章は、まさに当代日本の危うい文化状況を、顕しているとは言える。