関西大学生活協同組合『書評』の惨状 番外② ― 谷沢永一の「文芸評論研究」(とくに鴎外)についての論評……渡部晋太郎「図書館資料紹介」に関連して…

 さきに見た山口昌男対談集『知のルビコンを越えて』(人文書院1987)にある谷沢永一は、とても研究者とはいえない。「知のルビコン」などという言い方は、なにがしかの専門領域を想定するが故の、ルビコン(境界)という趣旨だろう。谷沢は、入学したての学生みたいな質問を山口にして、断られると「では浅田彰ブームについて是非」などと出来の悪いインタービュアーの姿(p.147)を晒している。正直、情けなくなる。
 同じ、山口昌男の国文学対談集とする『古典の詩学』(人文書院1989)には、谷沢の「代表作」の対象になった森鴎外が話題になっているものがある。前田愛との対談「『舞姫』の記号学」である。ウンテル・デン・リンデンを中心として太田豊太郎がもったベルリンのパースペクティブと、その極にあるアレクサンダー・プラッツが、想像力の広がりの起点となっている。
 以前に、前田愛は、東大の鴎外文庫にあるたくさんの中国小説に注目したそうである。それは白話文学の『金𦹀梅』風のものではなく、才子佳人式のもので、鴎外の書入れが相当あり、打ち込んでいた様子があり、鴎外がドイツへ行く前に、「舞姫」のエリスの原型ができていたことを書いている。
 前田は、考察考証を進めながら、鴎外研究者はほかに多数いて、業績も多くある。自分は、専門家ではないという。しかし,学問とか研究の面白さは伝わってくる。二人の対談からでも、「舞姫」というタイトルの不思議さ、エリーゼではなく、エリスという英語風の名前など、さらに問題を提出する。
 谷沢が「代表作」を書いたころ、前田愛の仕事は、相当知られていて、谷沢が知らない筈はない。それでも、鴎外についての雑文を書いていた谷沢の感覚はわからない。
 ましてや、「鴎外の恋人『エリス』」などという雑文を、法学部の紀要に掲載していた植木哲という関西大学法学部教授の感覚はなおのことわからない。このようなもの、つまり、出鱈目に不誠実なものに「寛容な」な法学部は、もう内実が危なかったのだろう。
 植木哲は、医療事故に関する法律問題に詳しいということになっている。民法が専門だが、暴力団員が、抗争で殺されるのも、患者が医師の手術をうけた結果死亡するのも、「結果違法」で、法律的には、同じ殺人罪なのだと、信じられないようなお馬鹿なことを、医師相手に喋り回っている。
 前田愛の話をしたのは、谷沢が、無様な姿を晒している、その遠くないところに、鴎外について、全く異質の、つまり質の違う仕事をしている人の話があったと言いたいだけである。
 そんな谷沢が威勢をもちえた世界や学校は、どれほど悲惨な世界で学校だったかと思う。 五月に、「谷沢永一名誉教授を偲ぶ会」などの看板をみたから余計に思うのである。まして、渡部が、わかりもしないで、「多くの学問的業績」と讃えたり、谷沢を顕彰する田中登が『書評』の巻頭に出てくるのをみると、少しは世間をみろよ、と思いたくもなるのである。