関大カイザーズ?アホ丸出しみたいで格好悪い!西洋史の教授芝井敬司(関大学長の元・元々候補)は、気にならないの?……… 母校関大を憂う・番外

 ここ数年、関西大学の一般入試の受験生の數は、そこそこ多かった。それは、関大だと受かるかも知れないと、勉強もそこそこの高校生が受験したからである。偏差値が高くなった同志社など受験勉強で力を付けておかないと一般入試では受からない。
 それでも、多くが篩にかけられて基準に達して入学してきている学生である。関大の教育に期待もしている。教員が発するメッセージを着実に受け止める能力は、充分備わっている。だから、教員の力量など、最初の授業で見切られていることが多い。学生に媚びたネタを披露するのは、最悪の場合がある。学生の嘲笑を、好感と勘違いするからである。尤も芸能ネタでも、教員の力量次第ではある。
 今から、45年ほど前、松本暉男という家族法の教授がいた。亡くなったとき43歳だった。その松本が生前、「法学部の君たちには済まないね、君たちは優秀なのに教員が低脳ばかりで……」と2・3の例外を除いて、当時の学長まで名指しで低脳よばわりしていた。いつも酒をおびていた松本は、自嘲気味に、自分もその例、つまり低脳の例から洩れない存在だと言いながら、具体的な問題をあげて、その問題に答えられない解釈学は誤魔化しだ、それは低脳だからだ、と実名をあげ続けていた。不真面目な学生だった私は、はじめて見るその光景に驚いた。隣の学生を見た。いつものことだと言っていた。松本は、その2-3年後、あっけなく亡くなった。
 そんな松本が、罵倒しまくっていた時期の関西大学法学部は、今からみると全日本級のスタッフが揃っていたのである。決して、低脳揃いではなかったのである。皮肉なものである。
 松本に罵倒されていた当時と違って、今や、司法試験の結果も、関関同立で、第4番目(2012年)だ。スポーツの総合関関戦もなんとなく劣勢である。あるテレビ局に勤めている女性に聞いたことがある。「漢字系(柔道や剣道のことだろう)は、だいたいうち(関大)が優勢だったのですが……」。最近、漢字系も危ない。そんななか、気を吐いているのが、アメリカン・フットボールのクラブだが、そのチーム名が気になる。「カイザーズ」というらしい。
 応援歌に「カイザー関大」とあるのは良い。「陸の王者慶応」に負けてない。しかし、カイザーズって、耳障りでないか。ドイツ語のKaiserに複数のKaisersなどは無いだろう。もともと、皇帝は、いわば地上の支配者だから、唯一である筈だ。だったら、「カイザー関大」はあっても、「カイザーズ」なんてのは、陳腐に聞こえないか。
 尤も、der deutsche Kaiser とか、天皇をder Kaiser von Japan と言ったりするそうである。そうすると、ドイツのカイザー、日本のカイザーといろいろカイザーもいることになる。また、1805年のアウステルリッツの戦い三帝会戦Dreikaiserschlacht と呼んだり、1887年の独墺露の三帝同盟といったり、果ては、古代ローマでも、実際には、皇帝が複数いたこともある。日本の天皇も14世紀には、2人ずついたわけである。複数の皇帝や天皇が存在しなかったわけではない。だから、ドイツ語を英語風に言ってみただけの単純な命名だということなのだろう。
 しかし、チームとして、複数の皇帝は、変な感じがしないか、と思うのである。とくに、西洋史の教授なら、尚更である。西洋史の教授というのは、しばしば、学長選に落ちている芝井敬司のことである。学長になったら、カイザーズを擁する大学の長として、セレモニーやレセプションに出る機会もある。そんなとき、西洋史の教授自身が、カイザー「ズ」なんて何の抵抗もなく言うのだろうか。
 やはり、仮にも、大学とか、大学院とか、研究とかを標榜するのなら、おかしなことはできるだけ匡正していって欲しいのだが、自身も含めて、おかしくないものが分からなくなっているのだろうか。