浅田真央と森喜朗

1 レイプを犯罪だと思っていない森喜朗とオリンピック憲章を知らない橋本聖子
 森喜朗という元総理がいる。昔風の政治家なのだろうか。ど迫力で、無教養で……、しかし、無教養というのは、今の政治家の方がひどいのかも知れないが、森は、総理をしていたころもとんでもなく低劣で、不人気で、そのことが、日本にとって禍根になる小泉内閣出現の「バネ」になってしまった。
 辞めてからも、学生のレイプ事件か何かで、レイプするようなのは元気があって良いんだとか言って、田原総一朗が見かねて注意したほどだ。その森の隣に座ってぼうっとしていたのが、今度のソチ五輪の選手団長の橋本聖子だった。田原が「ちょっと橋本さんよ、女性として、黙ってないで……」と言ったが、橋本聖子は何の態度もとれず、何の発言もできなかった。ひょっとしたら、田原総一朗が問題にしたことを、森喜朗と同じ感覚で気にしていなかったのかも知れない。
 日刊ゲンダイ(2月21日)は、………(浅田真央をダメにした元凶の1人が)日本選手団団長の橋本聖子だ。出発前から「金5個を含むメダル10個を取って帰る」と、威勢よくぶち上げていた。安倍首相と同じ町村派に属す自民党議員であり、「ソチ五輪で活躍して2020年東京五輪につなげよう」とゲキを飛ばしたのだ。……とし、……だがIOC憲章には「いかなる国別の世界ランキング表も作成してはならない」(第57条)とある。五輪は平和と友好が目的であって、国別のメダル争いではない。決してナショナリズムを煽るようなことはしてはならないと厳に戒めている。そもそも五輪選手でもあった橋本団長は、そのことを十分に知っているはずで、選手団団長ならIOCの精神を一番尊重しなければいけない立場にある。……と述べる。
 橋本聖子が「その(メダル国別ランキング表をつくってはならない)ことを十分に知っているはず」と書いているが、本当に知っていたら、言えない筈だ。橋本は、そんなことは知らないのだ、聞いたことはあったかも知れないが、理解などしていないのである。率直に言って低脳団長で、森喜朗の脳みそと同じなのである。

2 元柔道ゴールドメダリストのレイプ事件
 元ゴールドメダリストコーチ(特任教授)の女子柔道部員に対するレイプ事件があった。裁判で合意だったとか言っているそうである。刑事事件のことについて、新聞などの情報だけで、とやかく言うのは問題であるが、強姦ではない、合意の行為だとか言っているとしたら、もうどうしようもない。でっちあげだと主張するのなら、慎重に検証しなければならないと思うが、未成年者に悪酔いするほど飲ませて、その上、大学の教員として性行為をしているのである。愚かな男である。
 この男は、森喜朗とダブってくる。その森喜朗が、東京オリンピック開催の主要な地位につくそうである。

3 浅田真央は大事なときに転ぶか?
 浅田真央は、荒川静香トリノオリンピックで優勝したシーズンの全日本チャンピオンだった。年齢規定でオリンピックには出場できなかった。その後、低迷した印象は、体の成長などがあったからであろう。それでも、年をおって成長してきたのは、インタビューの変化にもあらわれている。
 バンクーバーでは、まだ成長途上でかならずしも好調でなかったにも係わらず、また直前のキム・ヨナの高得点にもかかわらず、印象的な演技を披露し二位につけた。
 森の記憶の「大事なときには転ぶ」という印象とは逆に、浅田真央は、大事なときにはかならず、印象的に締め括りをする人だという思いがある。
 ソチ・オリンピックの浅田のフリーの演技に、鈴木明子は「鳥肌だった」と言っていた。素直に受けとめられる鈴木明子は、それだでの実力があるからだろう。また、鈴木をそう言わせる浅田真央は、凄い。

4 反省などできない森喜朗、本当に反省しているのなら、東京オリンピック関係の職を辞せ!
 森喜朗の、トンチンカンな混乱した記憶による失礼な発言を、浅田真央は「森さんも後で少し反省しているのではないか……」と笑ってかわしていたが、あほうな森喜朗は、反省できるだけの記憶力があるかどうか、反省できるだけの能力があるかどうか疑問である。
 本当に反省しているのなら、2020年の東京オリンピックに関係する職は辞退すべきだろう。

2月1日(2014)金時鐘氏講演会(関大校友連絡会主催)於・大阪市西区民センター

1
 関大校友連絡会という、関大の団塊世代中心の同窓会のようなものがあって、そこで、そのときどきに、時代と社会に切り込んだ言葉を交わして、交流を継続していきたいと三野・石田といった世話人が考えていると聞いていた。元大阪文学学校理事長も勤められた金時鐘氏の講演で8回目の市民講座ということである。1回目が2008年だから、1年に1度か2度の開催である。
 この催し物に出たのは、今回が初めてだった。今まで他の行事と重なったり、終わった後から聞いたりしていた。
 金時鐘氏は、詩人で、1986年に『「在日」のはざまで』で第40回毎日出版文化賞受賞されている表現者である。1945年8月15日の「解放」(日本の敗戦)を迎えたとき、光州の教員養成の中学在学中の17歳だったそうである。済州島に帰って、南北分断に反対する戦いに参加し、李承晩(イ・スンマン)政権によって多数の島民が虐殺される中、49年6月、身を隠すように船で日本に渡ってこられたそうである。小野十三郎『詩論』に会い、以後、多くの日本語による作品を書かれている。

2
 お話の趣旨は、ご自身の少年時代とともにあり、自らを育んだ北原白秋や野口雨情などの叙情詩をみつめ、「情感は批評をもたない」ということであった。これは、具体的なもの、真実を持たない、日本の叙情性の表現だというわけである。自己陶酔のレトリックだと仰る。真なるものの表現「具体物としての実像」になっていないと仰るのである。東日本大震災のあと合唱される「花は咲く」あるいは、「絆」という言葉がそれだというわけである。そこに現代詩の衰退の問題があり、詩の成立の困難な問題があるとということであった。
 金時鐘氏は、教員養成の中学卒業直前の17歳まで日本語で成長された。人間形成を日本語でなされた。「解放」後、民族の言葉と文字を修得された。朝鮮語の音は周辺から聞こえていたそうで、朝鮮語を表記するハングルを教えてくれる人にも恵まれ必死になって短期間で修得されたそうである。
 金氏は、1人息子であった。それで金氏のご両親は、氏を生きながらえさせるため、つとめて、朝鮮人としてでなく日本人としての育てられたそうで、利発な金氏は、親の期待に応え、日本語にも日本的情感にも馴染んでいかれたようである。多感な時期を、北原白秋などの叙情詩で育った。ただ、お父上は、日本語を理解されるのにも係わらす、使用するのを拒まれていたそうである(「クレメンタインの歌」)。
 それだけに、「解放」は衝撃だったのである。それから、朝鮮という自らの民族の自覚と自らを表現する国のためほぼ4年戦い、日本へ渡られた。
 氏は日本で、日本語による表現者になった。自らを形成した叙情的な唱歌や歌謡と自覚的に対決してきた。

3
 ソウル・オリンピックの開催が1988年だから、1987年より前のことになる。1983年に刊行された関川夏央の『ソウルの練習問題』がまだ良く売れていたころだと思う。私は、たまたま、田植えをしている韓国の農村風景をテレビで見た。とても懐かしく思った。機械化された日本では見られなくなっていたからだ。そんな舗装されていない韓国の農村の道を二輪車で走りたいと思った。しかし、そこまでの余裕は無く、せめてと関川のお題に従って関釜フェリーに乗った。釜山に上陸してからソウルまでは、韓国が誇るセマウル号に乗りたいと思った。上陸手続きに手間取って、やっと着いた釜山駅では、出発間際のセマウル号に早く乗れとせかされた。日本でのように切符は車内で買おうと思った。快調に走りはじめたセマウル号のなかで、藤木悠そっくりの車掌にソウルまでの切符を欲しいと言った。藤木悠そっくりは、困ったような顔をして食堂車へ連れていってくれた。お墓参りに帰郷する在日の夫婦に車掌が通訳を頼んだ。どうやら、乗車前に切符を買っていなかったら鉄道法違反になるということだった。しかし、事情が分からなかった外国人のことだから、次の停車駅の東大邱で、普通の特急の切符を買って乗車することができるように計らうがどうか、と言ってくれた。規定どおり、2倍の運賃を払ってソウルまで行くことも選択できると言ってくれた。それでは、ご好意に甘えてと、東大邱で下車した。車掌が駅員に言っておいてくれた。東大邱の駅員は人のよさそうな年配のおじさんだった。「ケイジョウまで行くのか」と日本語で話し掛けられた。一瞬、返事することを躊躇した。「ケイジョウ(京城)」など言って大丈夫なのかいと思った。「お礼はタバコ一箱ということになっている」となまりの全く無い日本で「覚えておくように」と教えてくれた。韓国では、日本語や漢字に対する反発が強いと聞いていたので、どこかで身構えていたのだろうか、この数分の出会いは不思議だった。駅員のおじさんは「京城まで行くのか?」と言うとき嬉しそうでさえあった。そりゃあ、少年期にはずっと使っていた言葉だからなぁ、と思った。だからこそ、思いはいろいろなのだろうと思った。

4
 金時鐘氏は、朝鮮人として日本語で詩を書いている。日本語で表現している。朝鮮語が出来ないわけではない。金芝河の詩は、翻訳が困難だという。金芝河の詩は高度の方法としての風刺があるという。金芝河がその風刺を駆使できるのは、民衆が継承してきた短形の抒情民謡とか、労働歌謡、長形の叙事民謡、叙事巫歌等を風刺精神の宝庫として受けとめているからだそうである。私たちは、金芝河の詩には、日本語訳でしか接することができない。

5
 金時鐘氏は、自然を歌い他者を意識せず自己陶酔に誘う日本の叙情詩を、自らを育てたものであるだけに、厳しく見つめ直そうとされているようでもある。五七調で叙される短歌俳句の隆盛を現代詩の衰退とともに語られる。
 日本の学校でも国語の教室では、論理的表現を必要とされるものよりも、フレーズどころか、単語を投げかけるだけで成立した気分にされる俳句の方が手軽に課題にしやすい。
 「感じたか、感じなかったか」にされる。論理の問題は無い。言葉の感覚を磨いているつもりが、どんどん日本語を貧しくして行っている。日本の国語の教室が日本語をだめにしているところさえある。
 このような現実に相応する金時鐘氏の趣旨はよく分かる。実際に進行している現実である。
 ただ、日本の古代歌謡は七五調ではなかったのである。古事記に出て来る古代歌謡は、戦いの歌で踊りながら歌うもので七五調ではない。中国文化が洗練された五言七音の詩として自然を叙することをもたらした側面がある。そのことは、西郷信綱吉本隆明が書いている。
 また、少し気になるのは「恨」の意味である。これは「怨」とちがうのか同じなのか、また「恨み」こそ醜のきわまったものだとも言う。民衆はもっとも醜怪な形でしかない、というのは、反語的な言い方のようであるが、今はよく分からない。

麻生太郎の心の奥

1
 4日の国会でも、安倍晋三は、憲法は占領軍によって作られたものだ、と言っていたようである。これは、現実の事実経緯と内容をみれば、真っ赤な「嘘」であることは分かる。 それは、閣僚として同席している麻生太郎なら分かる筈だ。

2
 憲法が国会で審議されているとき、安倍晋三の祖父、岸信介は、巣鴨の獄中だった。満州國の高官などを経て東条内閣の商工大臣として太平洋戦争中の物資動員のすべてを扱ったが、開戦を実質的に決めた1941年(昭和16年)11月29日の大本営政府連絡会議の共同謀議には参加していなかったことや、東條内閣が閣内不一致で総辞職することになった功績を評価され、東條ら7名のA級戦犯が処刑された翌日の1948年(昭和23年)12月24日に放免された。

3 
 安倍晋三の祖父岸信介巣鴨にいた1946年の国会で、首相の吉田茂(麻生の祖父)は「近年の戦争の多くは国家防衛権の名においておこなわれたることは顕著なる事実であります。故に正当防衛権を認むることが偶々戦争を誘発する所以であると思うのでありま す。...」と述べている。これは、日本も締結した1928年の不戦条約の「国際紛争解決の手段としての戦争」が侵略戦争と解され、1931年の満州事変で日本がそれを破っていたことを前提に言っているのである。
 尤も、1953年に吉田は、岸を憲法調査会会長に任じているのであるが、歴史的経緯を考えた合理的な思考からは、46年の答弁しか出てこない。

4
 誤魔化しと不合理な思考の集団的自衛権とか、積極的平和主義というのは、岸信介が深く関わっていた泥沼の道へのスローガンと変わらないのである。外交官としての吉田茂は、少なくとも当時は、危機感をもっていた筈である。
 いつか、麻生は祖父のイメージを追慕したようなコスチュームで飛行機に搭乗する映像をみたことがあるが、岸の孫の安倍晋三の危ない原稿読みをどう思っているのだろうか。 そんな感覚など無いのだろうか。

政治とスポーツ、というより「スポーツと政治と商売」

1
 政治とスポーツは、かなり古い課題だと思う。古代オリンピック単なる競技会だったわけではなく、神の前の祭典であった。
 戦前のオリンピックのクライマックスは、やはり1936年のナチス政権下のベルリン大会ではないか。政権のプロパガンダとして使用され、映像が大きな役割を果たし、その宣伝の可能性が追求された。
 このベルリン大会は、聖火リレーなど、その後のオリンピック大会の範となったようだ。たしか、日本選手団は、東京オリンピックのときも、例のナチス式の敬礼をしていたのではないかと思う。
 戦後のオリンピックの盛況は、アジア・アフリカの新興国の登場抜きには考えられない。1964年の東京オリンピックは、日本のOECD加盟や新幹線の開業を重ねた象徴的な年だった。確か、ソ連人工衛星の打ち上げもあって、このときは、中国との正式の国交はまだ開かれていなかったけれども、東西の力関係もやゝ東が優勢かとも思えたくらいだった。
 市川崑による記録映画『東京オリンピック』は、人間を描いた名作だったと思う。また、新しい技術を駆使し、ヘイズが優勝する最速の競技100m競争が高速撮影によるもので、その筋肉の動きまで写し出したのは印象的であった。
その映画の冒頭は、準備のための東京の町の工事現場だった。オリンピックの担当にもあたっていた閣僚の河野一郎(太郎の祖父)がクレームをつけた。
 競技施設は丹下健三によるものだった。いろいろ言う人はいたが丹下健三は確かに国際的に通用する建築デザイナーだった。

2
 1988年のソウル・オリンピックのときの金壽根設計の施設は印象的であり、2008年の北京オリンピック開会式は中国の映像文化が当時筍だったときの演出だった感がある。
 これなどは、韓国の近代建築の一つのステップとなったり、中国映像文化の発露であったりして悪いことではなかったと思う。
 気になるのは、スポーツが政治に利用されるのがあからさまな局面である。ベルリン大会の負の面の継承が目に付くからである。パラリンピックで活躍している佐藤真海選手、障害者スポーツによって、自分も人生を取り戻した感激は多くの人と共有したいところであろう。その気持ちが誘致のプレゼンで人々の共感を得たことだと思う。
 その純粋な気持ちから来る活動をより効果的であるために、政治の力が必要であると実感されているのだろうが、政治家は、その気持ちを利用するのが、自分たちの仕事であると思っているようである。佐藤選手が安倍晋三の華のようにいることがある。北朝鮮金王朝の華のような女性と重なって見えてしますのである。
 また、オリンピックを誘致する根拠に、経済効果をあげることが多い。これこそが誘致の説得力ある根拠だと考えているふしがある。しかし、これも政治に劣らず、本来のスポーツの姿を歪めている可能性がある。それが、学校教育にまで入っている。
 もともと、スポーツは、軍事訓練のためのものでなかったら、楽しんだり、体の発達や活動を活発にさせるものである。それ自体で「儲ける」というのは、少し怖い話である。もっとも高い身体能力、競技能力を発揮するのを見るのは、感動的な場合はある。
 漱石の『三四郎』に運動会の場面が出て来る。その場面は、落語のようで笑ってしまう。確かに上等の落語のリズムと皮肉がある。しかし、その皮肉は現代にも通じる。

3
 去年、大阪市立桜宮高校のバスケットボール部のキャプテンの生徒が自殺した。それだけでは無いのだが、自殺の原因が体罰だとされた。実際に体罰もあって、体罰の痕が歴然としていたと週刊誌などにい書いてある。元顧問教師は暴行で起訴された。
 ある週刊誌が、生徒がキャプテンであることに固執したのは、早稲田進学ということがあるからだと書いていた。実際に殴られることだけで、死んでしまおうと思うことは想像しにくい。たしかに無抵抗の生徒を殴りつけるのは、見ていても気持ちが悪いものである。 しかし、問題を「体罰の問題」に閉じ込めてしまったのは、まずかった。あるいは「体罰」の問題にしかできない教育界の貧相さがあると思う。
 クラブ活動のチームのキャプテンを務めることが、早稲田への進学にとって大きな意味をもっていて、その思いの実現が困難な状態であることが現実化してきた場合、絶望的な気持ちになることは想像しやすい。しかし、それは一面では想像しやすいが、運動部のクラブ活動が早稲田大学進学に繋がると当然に考えるところに、奇妙な感じがしないことも無い。よく知らないままで、想像だけで考えるのは問題だが、「体罰の問題」にする方がはるかに分かり難い。斎藤佑樹は、甲子園で優勝して早稲田大で進学したが、高校は早実である。早実中学は難関校である。クラブ活動での活躍が早稲田大学で勉強することとどのように繋がるのか、親も気にならなかったのだろうか。学校も親も子供の人生について、どの程度、配慮できていたのかと不思議で、考えようによれば、「体罰を非難されている元教師」だけが、そんな甘いことではあかんぞ、と叱咤する(やきをいれる)ことをしていたのかも知れない。
 戦後、新制高校の出発にあたってできる限り、一般的は知識を見つけさせようという大方針があった筈である。普通科中心の共学中心の体制ができた筈である。できるだけバランスのとれた人格を形成しようと考えた筈である。そのためのクラブ活動も見直された筈である。桜宮高校の生徒は体育科だったらしい。体育科の活躍が桜宮高校の雰囲気を変えたという報道もある。しかし、教科の体育というより、クラブ活動で行われていたことを、体育科ということで高校教育の中心に置くというのは如何なものだろうか。

4
 正月3日の夜、たまたまテレビを点けたら(NHK総合テレビ2014年1月3日午後11時40分から翌午前0時39分まで)、「大人のクイズ」とかいうNHK解説委員が問題を出して解説する番組をしていた。番組全体については、次のような紹介があった。

加藤浩次さんとNHK解説委員の丁々発止の議論を通して、日本の今に迫る大人ドリル。今回は新春のスペシャルとして時間を拡大して放送する。新しい年を迎える日本のあり方を考える上での重要キーワードをもとにしたクイズに多彩なゲストが回答。それぞれの項目に精通した解説委員がさらに掘り下げた解説を加え、日本が目指すべき新しい国の形を展望していく。果たして優勝するゲストは?そして解説委員同士の議論も白熱!新年に家族そろって楽しめる番組をお届けする。

この番組のなかで「スポーツ省」をつくることを政府が考えていることが知った。オリンピックでも、いろんな役所がばらばらで、うまくできないというのである。厚生省の仕事だったり文科省の仕事だったりの縦割りになっていて効率が悪いというのである。
 中には、まともな解説委員もいる(まともな解説委員が偶にいるようでは困るのだが)。その解説委員がいろんな要素があるのだから、それは大事にして欲しいと言った。
 すると、スポーツ省一本にすべきだと思うと、威勢のよい単細胞解説委員が、まともな解説委員を圧倒した。「学校のクラブ活動など廃止すればいいんだ」と言っていた。この単細胞解説委員は、クラブ活動が教育における意味を全く理解しない。スポーツは厚生労働行政でどれほど重要な意味をもつのか理解しえない。そのような行政の一つの表れが、オリンピック競技にどのようなかたちでかかわるかということになるので、オリンピックという政治イベントを第一に考えるスポーツ省など、全く本末転倒だと、NHKの解説委員なら解説しなければいけないのである。
 桜宮高校の痛ましい事件を、このNHK解説委員は受け止めていない。また、その分、傲慢は語り方をする。
 今の日本の状況を象徴したような、解説委員の姿であった。

お爺の岸信介を越えて戦犯になる……亡国宰相・安倍晋三の“夢”


 国民的異論の下での特定秘密保護法案のごり押し採決は、安倍晋三の母方の祖父岸信介を想起する人は多い。
 しかし、岸はもう少し学力もあれば、知的能力もあった筈だ。安倍晋三のあまりにも愚かな言行と嘘が、アジアの人々の日本への警戒感をたかめる一方、逆に、日本の怠惰な連中の支持をうけている。そのことがまた、アジアの人々の懸念するところとなる。そのアジアの人々の思いを逆撫でするというか、挑発するようなことを安倍晋三はした。岸信介なら絶対にしなかった筈だ。靖國参拝、つまり、安倍は戦犯の慰霊に赴いたのである。  このままいけば、安倍晋三は、自身が“戦犯”間違い無しのようである。かつて、かろうじて戦犯としての起訴を免れ巣鴨を出て来たときの岸信介のみすぼらしい姿を撮った写真は衝撃だった。安倍晋三は、れっきとした亡国の戦犯となることを夢想しているのだろうか。


 自民党は、そんなとても尋常とはいえない首相の政府の与党なのである。多くの自民党員は、心中おだやかである筈は無いだろう。「良し」と思う自民党政治家が多いとはとても想像し難い。それほどまでのあほうは少ないと思う。確かに、自民党には非常識な人が目立つ。それでも、普通の人もいるだろう。そんな人は、今、きちんと筋を通さないと禍根を遺すことになる。
 かつて、日本は、経済的に財政的に酷い状態のときに、どんどん大陸に侵略して行った。酷い状態だから、政府などに異を唱えることができなかったということだろう。今も良くないが、一時的に回復傾向のようなので、政府や党に異を唱えることが出来ないということなのだろうか。
 野中とか古賀といった強面の印象ある年配者が発言している、というより発言せざるを得ないと思っているとき、こんな、とても尋常とは思えない総理に何も言えないのは、政党とは言えない。分裂もできない自民党は政党たり得ない。


 中国の科学技術の進展はめざましい。福島の原発事故に際して、中国から災害用ロボット提供の申し出があって、日本政府が遠慮したという報道があった。中国の産業技術はまだまだだという印象があった。中国の月面探査機「嫦娥(じょうが)3号」が12月14日夜に月面着陸したというニュースがあった。これは、この快挙を支える、いろんな分野の力があることを表すものである。実際に中国は、何年か前のNHKスペシャルの『激動・中国』より問題は拡大しているのかも知れない。内陸と東の沿岸との格差とか、軍閥時代を想起する地域ボスのエゴとか、最近、衝撃だったニュースは、村ぐるみの麻薬ビジネスが摘発されたものであった。
 しかし、日本の教育や産業の構造変化みると、中国が前に進んでいるという印象をうける。
 安倍晋三橋下徹が教育について語るのをみると、いよいよダメだと思う。安倍が平気で“under cotroll”と嘘を付く。これは、安倍自身がデマゴーグなのか、台本がそうなのか、要するに、論理的な思考が出来ない安倍は「嘘」の自覚が無いのである。これが一番困る。問題は、現職の文科相である下村博文が、東電の現場の人が、安倍の嘘にたまらず「制御されているとは思われない」と真実を言ったことに対して、怒りを露わにしたことである。
 教育行政のトップのモラル・ハザードである。どうしてジャーナリストも政治家も問題にしないのか。私たちにでも判るとんでもないことである。政治家やジャーナリストの前では、驚くようなことがどんどん行われているに違いない。
 日本の教育がよくなる筈は無い。橋下徹は、教育に介入するのが好きで、どんどん大阪の教育を傷めている。買春を推奨する男が教育を口にするのかと思うが、まだ大阪市長をしている。これでは、大阪も日本もダメだと思う。

政治家の劣化と官僚の劣化


 2008年には、ノーベル物理学賞小林誠益川敏英両氏とアメリカ国籍の南部陽一郎氏が受賞され、下村脩氏が化学賞を受賞された。
 マスコミも取材で盛り上がっていた。益川氏が研究が認められたことは嬉しいが、受賞自体については、それほどで喜ぶことでもないと言って話題になった。
 そのような取材において、日本の物理学研究の水準のことについての質問があった。受賞者は、異口同音に、日本の自然科学研究も教育も深刻な状態であると沈痛さを隠さなかった。いずれも30年か、もっとも前の研究だと言っている人もあった。
 私たちが、高校生、学生のころは、「理科系偏重」という言葉あった。その理科系において、そうなのか、つまり知的水準の低下があるのかと思った。

2
 それは、文科系では、大学が大人の遊園地化していると言われて久しいからである。とくに経済学部で顕著だと言われる。
 「アルフレッド・ノーベル記念経済学」スウェーデン国立銀行賞をノーベル経済学賞として、ノーベル賞の権威にあやかるように、多くのエコノミストが言っているところが、辛い。新聞も、ノーベル賞の一部門並の扱いをしている。
 安倍晋三が平気で、崩れた規制緩和にすぎないものをアベノミックスなどと、自分で言って恥じないのは、経済学者を侮っている証拠である。また侮られて仕方がないのかも知れない。
 アンダー・コントロールの大嘘については、次々に打ち出す安倍の暴走の前には影が薄くなったかも知れないが、これは、日本国民にも、東アジアの人々にも係わる問題なので、報道関係者が手をこまねいていることは許されないことなのである。

3
 大河ドラマ『八重の桜』は、新島八重の生涯を描いたものだったが、その同志社は、経済学が看板の時代があった。関学も、慶応も経済学部が看板の時代があった。それが、法学部が看板になっていた。その法学部が悲惨な有様である。
 もっとも関西大学法学部ほどはひどくはないが、法科大学院裁判員裁判などをはじめ、日本の司法が危機的な状況に陥っていることについて、その危機的状況であることへの認識も無いのは、言いようが無い。
 新聞にも、平気で「被害者参加制度」なる言葉が出て来る。実際にある制度だから仕方が無いのだろうが、一般教養科目の法学で学ぶ、刑事裁判の原則を勉強すれば、変だと思わないはずは無いのである。

4
 民主党の海江田が、特定秘密法案を、リンカンのゲティスバーグのスピーチをもじって 「官僚による、官僚のための、官僚の」法案だと、激していたが、これは、官僚のためというより、愚劣な政治家のための法案である。問題は、この法案を起案した官僚がよくも問題にしなかったと思うのある。
 安倍晋三が歴代の首相のなかでもとびきり程度が劣るのは判る。漢字の読みに問題があった麻生も負けてはいない。そのおかげで安倍の劣等ぶりは、幾分かはやわらげられた印象をうける。
 しかし、あほうぶりと、強引さは、対応する、やりとりの自信が無いから強引なのである。本人だけがあほうなら、それで済むが、多くの人が難儀し、苦難をさまようのである。安部自身はあほうだから、責任を問われることはないだろう。
 明けない闇は無いとか、あがらない雨は無いとか言うが、大崩壊の結果、明けるのでは、あまりにも悲惨ではないか。
 安倍の母方の祖父がかかわった大東亜戦争体制も、数え切れない犠牲を払った終焉である。それは、日本国民だけでは無いことも知らないといけない。その想像力のかけらもない総理を抱く日本に未来像を描ける筈が無い。
 今の日本にいてさえ、ヘイト・スピーチでうさを晴らす連中が、武器をもった異国で何をするかは、たやすく想像できる。靖國参拝で文句を言うのは、中国と韓国だけだと言うお馬鹿な国民もいる。中国と韓国が、どのような苦しみを味わったか想像できる頭が無いのである。
 そんな知能の人間が総理大臣などになってはいけないのである。
 劣化しているのは、大学や官僚、政治家だけでなく、自民党の劣化もひどいのである。

石破のテロ発言― 失言かそれとも戦術発言か

 1
 神津陽が神津陽塾の回覧板(1013.12.20)で、日本のジャーナリズムの猪瀬叩きというか、絶好のターゲットと化した猪瀬虐めに盛り上がっているのを皮肉にみて、秘密保護法には腰砕けだったことを書いている。
 猪瀬は、オリンピック招致に関連して、「(原発事故による)汚染のエリアは非常に狭い」と言った(毎日夕刊9月6日)ことを、9月7日の本ブログが書いている。竹田委員長が同趣旨のこと述べ、福島から抗議をうけている。
 週刊文春の最近号に近いものだろうが、自民党のリベラル派の「変節」を記事にしている。谷垣がリベラル派だったそうである。かつてはスパイ防止法案批判の急先鋒だったのに、今回「ヘラヘラと笑っていた」と書かれている。河野親子など名前も出てこない。
 海江田の党首討論は、気合いが入った喋り方のようだった。声の大きさでは、いつもヘラヘラの自民党みんなの党派」(渡辺派)の渡辺でさえ、衆院で賛成しているくせに、気張って参院で手続きを理由に攻撃しているのだから、安部にへらへら返しされるのが関の山である。
 しかし、海江田の「官僚のための、官僚による、官僚の……」と言ったのは、官僚批判の風潮下でのキャッチフレーズとよいと思ったかどうか、あまりよくない。
 今、問題なのは、極めて低劣な政治家が、強圧的に官僚を統制しようとすることである。逆に考えれば、それが為されるほど、官僚の程度も下がったということであるが、今の「スリー・A」とか言われる政治家の政治は、自国のことながら情けない。
 スリー・Aとは、安部・麻生・甘利のことだそうである。いずれも世襲議員ではないか。しかも、漢字も読み切れないのが話題になった世襲政治家である。この低劣な政治家が、低劣であるからこそ官僚を統制しようというのである。

 2
 だから、海江田が官僚批判するのはおかしいし、きちんとした批判になっていない。
 問題は官僚ではなく、官僚の劣化である。それは、政治家のエゴによるのものである。政治家を批判しないといけないのである。戦後の再建日本を、官僚は必死に構築してきた。その後、とくには中曽根以降、政治家……中曽根、小泉、安部……が、人々がやっとの思いで構築してきた「日本」を壊しまくっている。
 海江田もきちんと勉強した経歴が見当たらない。
 とにかく、神津の書いたものをみて(神津は報道のことを書いていたのだろうが)、身を挺してでも阻止するという迫力を野党がみせることが出来なかったのには、石破のテロ発言が効いているのだろう。
 石破の発言は、絶好の自民党攻撃の材料と思われたが、テロという言葉にとらわれれて、テロで表現される政治に対する認識能力、思考能力の無さから、「テロ」と言う言葉に、春日大社の神木が持つようような呪力を感じた野党へのボディ・ブローとして効いていたかと思うとやりきれない思いである。
 日本政治は、まだ呪術の世界かと思う。スリー・Aは、世襲の呪術師か、辛い時代である。

 3
 なお、テロについては、首藤信彦氏の著書、発言をもっと参考にしたいところである。